*のどかな午後の小話*


 行きつけの喫茶店の前で思わぬ人物と遭遇し、冥加はぴたりとその足を止め、眉間に深く皺を寄せた。

「小日向…なぜ貴様がここに?」
「あ、冥加さん」

 不快感を含んだ冥加の声とは対照的に、遭遇した人物──小日向かなでのそれは明るいものだった。

「冥加さんもこのお店に?」
「……貴様に答える筋合いはない」

 刺々しい物言いで返すけれど、店の扉の前まで来ているのだから、肯定以外の何ものでもなく。

「ちょうどお昼ですもんね。中、混んでるかなぁ」
「貴様と立ち話をするなど時間の無駄だ。さっさと中に入るがいい」
「え、私が先に入っちゃっていいんですか?」
「二度も言わせるな」

 ありがとうございます、などと暢気に頭を下げるかなでを早く行けと顎で促し、先に店内に入れさせる。
 なぜ昼食のときまでこいつと鉢合わせなければならんのだ、と内心嘆息しつつ、冥加も入店すると、すぐにかなでの小さな背中が目に入った。どうやら、店員により足止めを食らっているらしい。
 冥加の存在に気づいたもう一人の店員が、彼に向かって「いらっしゃいませ、お一人様ですか」と訊ねてくる。
 短く「ああ」と答えると、眉を下げ困った様子でその店員が告げるには、

「申し訳ございません。只今、御席が埋まっておりまして…」

 視線を店内に向けると、確かに店員の言葉通り満席に近い状態だった。
 別段急いでいる訳でもないので、席が空くまで待つと冥加が言おうとしたとき、

「あ、すみません。この人も一緒です」

 小さな背中が冥加の方に向き直り、そんなことを言い出した。
 かなでの言葉の意味を理解できず、冥加が面食らっていると、対する店員は全てを承知したようで。

「お連れ様でしたか。それでは、あちらの御席へどうぞ」

 そう促され、なぜかかなでと共に二人席へと案内される。

「……どういうことだ?」
「何がですか?」

 店内で声を荒らげる訳にもいかず、渋々席についた冥加は、向かいに座ったかなでをきっと睨みつけた。

「なぜ俺が貴様と相席せねばならんのだ?」
「相席、ですか? 同時にお店に入ったんだし、お昼も一緒に食べたいなって」
「……なんだその能天気な思考は」
「それに、席も一つしか空いてないって聞いて、私を先に入れてくれた冥加さんが待つことになるのは申し訳ないと思って」 
「貴様と相席になるよりは、長時間待たされる方が数倍もマシだがな」
「でも、一緒に座ってくれましたよね。ありがとうございます」
「…………」

 どんな嫌味をぶつけても、目の前の少女は全く怯まない。むしろ、この状況を楽しいとさえ思っているらしく。

「冥加さんは何を食べますか? 私、ここのパフェが好きなんです」

 冥加の方にメニューを差し出し、そんなことをにこにこと表情を弾ませながら言ってくる。

「……貴様は昼食にパフェを食べるのか?」
「あ、今は違うものを頼みますよ! でも本当に美味しいんです。今度一緒に食べましょうよ」

 自分とかなでがもう一度席を向かいにして座ることも、ましてやパフェを一緒に食べることも今後絶対有り得ないと一蹴してやりたかったが、なんの打算もなく向けられた笑顔に、冥加はその言葉を喉の奥で押し留めた。
 不愉快だ。
 この状況も、目の前にいるこの女も。そして、結局この女を否定しきれない自分自身も。
 非常に不愉快だ。けれど。

「……偶にならば悪くもない、か」

 メニューに夢中になっている少女には決して届かぬ声でそう呟き、冥加は無意識に緩んでいた口元を自身の手でそっと押さえた。





 高校生が一人で喫茶店(カフェではなく喫茶店)に入るのかという疑問はお捨てください。冥加は入りそうだけど(笑)
 本当は大学生くらいの二人を書くつもりだったんですが、ED後なのに仲が悪いのもアレなので(笑)



 2010.3.15.up