*Jealousy and envy*


「お前も真面目にトロンボーンの練習をしたらどうだ?」

 昼下がり、ご飯を食べに行こうと従兄弟の新に無理矢理街に連れ出された悠人は、不機嫌極まりないという表情を隠さずに歩いていた。

「もう、ハルちゃんってば頭固すぎ。別にお昼くらい休憩したっていいじゃん〜」

 けれど対する新は全然気にしない様子で。その態度がまた悠人の苛立ちを助長させる。

「全く、お前はいつも──」
「あっ!!」

 悠人が小言を言おうとした瞬間、新が場にそぐわない素っ頓狂な声を出して、ぴたりと足を止めた。

「おい、どうした忘れ物か?」
「ふふっ、違うよ〜。むしろイイもの発見!」

 そう言って満面の笑みを浮かべた新は、突然前方に向かって走り出した。長身で、しかも元々運動神経が良いことも起因してか、一瞬で十数メートル先まで行ってしまう。

「なっ、なんだよ、急に!?」

 新の発言の意味が掴めない悠人は、憤慨しつつも、次第に小さくなっていく従兄弟の頭を見失わないようにただ必死に追い掛けるしかなかった。


 新はすぐに立ち止まったが、人の波に遮られ、なかなか近づくことができなかった。
 雑踏を掻き分け、やっとの思いで追いつくと、暢気な笑顔が悠人を迎えた。

「あ、ハルちゃん待ってたよ〜」
「待ってたよじゃない!」

 文句の一つも言ってやろうと思ったら、そのには新以外の人物もいて。

「こんにちは。ハルくんも一緒だったんだね」
「こ、小日向先輩…!?」

 小柄なため、新の身体に隠れてしまっていたのだろう。目の前行くまで全く気が付かなかった。だが、彼女の登場で先ほど新が発した言葉の意味を理解する。
 ……彼女を“もの”扱いしたことだけは、後で懲らしめなければならないけれど。

「かなでちゃんね、今から楽器店に行くんだって」

 先に彼女の元にやって来た新は、悠人が追いつくまでに色々聞き出していたらしい。

「弦を買いに行くんですか?」
「うん、大会直前に慌てて買いに行くのも怖いし」
「準備を怠らないのはいいことですよ」

 迫る日に備え、前向きに取り組んでいるかなでに内心感心していると、会話をする二人の間に、新はひょいっと顔を突っ込んだ。

「ね〜ハルちゃん、オレたちもついて行かない?」
「いや、でも先輩のお邪魔に…」
「え、そんなことないよ。むしろ、ハルくんたちに悪くないかな?」
「いえ、僕も近々行く予定でしたから」
「そうなの? それなら一緒に行こっか」
「はい、お供させてください」
「よっし、決まりっ! じゃあ、早速しゅっぱーつ!」

 そう言って右腕を高らかに掲げると、新は反対の手でかなでの肩を抱いた。その行動に、かなでは小さく悲鳴を上げ、悠人は眉間に深い皺を寄せる。

「おい! お前、先輩に慣れ慣れしすぎだ!!」
「えーそうかなぁ?」
「だ、大丈夫だよ、ハルくん。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
「先輩もこいつに甘すぎますっ!」
「……でも、最近少し慣れてきたというか」
「こんなことに慣れないでください!」

 目を吊り上げ、ぴしゃりと言い放った悠人は新の腕を思い切り払い落とすと、かなでを庇うように二人の間に入った。
 かなでの周囲にいるスキンシップ過多の人間を頭に浮かべ、やはり粛清が必要だと心の中で決意しつつ、言葉を続ける。

「ここでぐずぐずしていても時間の無駄です。さぁ、早く行きましょう」
「え〜かなでちゃんを真ん中にして歩こうよ〜」
「そんな危険な真似をできるか!」

 ぶつぶつと文句を言う新を一喝し、悠人は二人の腕を掴み、引きずるように楽器店を目指した。
 勿論かなでの腕も遠慮なく掴んでいるのだが、頭に血が上った悠人は自分の行動に気づきもせず。
 それよりも。

「かなでちゃん、お昼もまだなんだよね?」
「うん、今日はお弁当も作ってなくて」
「ならさ、一緒に食べよ?」
「え、いいの?」
「もちろんだよ! かなでちゃん、どこ行きたい? オレ、美味しいパスタ屋さん知ってるよ」
「そうなの? わぁ、行ってみたいな!」
「あとね、ハンバーガーが美味しいとこもあるんだ」
「へぇ、そこも気になる!」
「…………」

 頭上で飛び交う暢気な会話に、ますます苛立ちが募る。

「じゃあ、片方は今度連れてってあげるね。そのときは勿論ハルちゃん抜きで」

 そして、新のその一言で爆発した。

「お前、本当にいい加減にしろっ!!!」
「あれ〜ハルちゃん聞いてたの?」
「当たり前だ!! というか、前々から言おうと思っていたけどな!」
「え、なになに?」
「新、お前、なんで小日向先輩にタメ口なんだよ!?」

 最高潮まで登り詰めた怒りは、なぜかあらぬ方向へ矛先が向き。
 けれど、彼の従兄弟は全く怯まない。むしろ笑顔でこう答える。

「だって、オレとかなでちゃんは友達だもん〜」
「なっ…!」
「ね〜かなでちゃん?」
「うん、そうだね新くん」
「〜〜〜〜っ!!」

 悠人の言葉にならない声は、横浜の街に木霊することもなく。
 爆発した怒りも、かなでが宥めるまでは結局治まらなかった。
 けれど、彼女と自分との間に立ち塞がる壁を軽々と飛び越えてしまっている同い年の従兄弟を、妬ましくも少しだけ羨ましく思ったのだった。





 長々とすみません。
 年下であることを気にしていた悠人が印象的だったので、そこを書きたかったのに前置きが長くなってしまった…。
 地の文で、「悠人」にするか「ハル」にするか凄く悩みました。皆さまはどちらの方が読みやすいんでしょう。
 榊も名字か名前かでよく悩みます(笑)



 2010.3.6.up