*あいつも彼女に恋をする*


「さて、今日は何を作ろうかな」

 菩提樹寮のキッチンの前に立ち、八木沢は一人思案していた。
 実家から送られてくる和菓子もまだ残ってはいるものの、今日はなんとなく自分の手で作りたい気分だった。
 と言っても、ここ最近は自分で作ってばかりいるのだが。

「なんだユキ、また和菓子作りに励んでるのか」

 背後からの声に振り向くと、そこには東金の姿があった。

「うん、最近ここに立つのが楽しくてね。喜んで食べてくれる人がいると僕も腕が鳴る」
「ふーん、そういうものか」

 子供のような表情でそんなことを告げる八木沢を横目に、東金は冷蔵庫の中にあった麦茶を取り出した。普段紅茶を好む彼ではあるが、こう暑い日が続くと冷たいもので英気を養いたくもなる。
 ひんやりと喉越しの良い麦茶を喉に流し込み、台所を後にしようとした東金はふとその足を止めた。
 聞き流そうと思ったが、無理だ。やはり今の発言は捨て置けない。

「それって誰のことだ?」
「え? 何がだい?」
「喜んで食べてくれる奴がいるって自分で言ったじゃねぇか」
「あ、いや、その…特に誰って訳じゃ…」

 東金の追及に、八木沢は顔を伏せ言い淀む。
 八木沢が部員以外の学生、たとえば菩提樹寮の者たちにも和菓子を振舞っていることは東金も知っていた。それに彼の腕は確かだから、美味しいと言って喜ぶ者も多いだろう。
 けれど、やはり付き合いが長いためか彼の言動の違和感に気づいてしまうのだ。
 先ほどの八木沢の言葉は、誰か特定の人物一人を指して言っているように聞こえた。それを裏付けるように、顔を伏せた八木沢の頬にはどこか赤みが差していて。

「……なるほど、餌付け作戦という訳か」
「え?」
「ユキ、お前もなかなかやるじゃねぇか」
「だ、だから何が…」

 戸惑いの表情を浮かべ、八木沢は首を傾げる。顔は未だに紅潮しているものの、本当に分かっていないらしい。
 無自覚ってすげぇな、と東金は変なところで感心してしまった。しかし、そういう相手こそ手強い敵であるのも事実で。

「気にするな。ま、菓子ができたら少しくらいは分けてくれよ」

 恋敵になるであろう友人に手を振って、今度こそ台所を後にする。八木沢はまだ後ろで何かを言ってきているが、東金の耳には入らなかった。
 先日、とある協力者から聞きだした彼女の好物を思い出し、早く次の手を打たねばと、その日東金は固く決意したのだった。





 八木沢さんメインで書くつもりが、東金が目立ってしまいました。すみません。
 突っ込みを入れる相手もニアと悩んだんですが、それだと前に書いたSSと似てしまうので(笑)

 東金こそ(というかメインキャラ全員)餌付けされてるんじゃ…、という突っ込みはナシでお願いします(笑)


 2010.3.3.up