*未完成な思い*


「如月、最近転校生のあの子とはどうなんだ?」

 放課後の教室で、特別親しくもないクラスメイトに突然問われ、律はその端整な眉を僅かに顰めた。
 転校生というヒント付きだ。“あの子”と言うのが誰を指すのかは、訊ねるまでもないが、質問の意図が掴めない。

「お前と一緒のとこをよく見るって聞くけど、やっぱり付き合ってんの?」

 興味津々に律の顔を覗き込んでくるクラスメイトに内心嘆息しつつ、律は「いや」と短く答えた。
 部活も同じなのだから、学年は違えど行動を共にすることが多いのは何も不思議なことではないだろうと思ったが、そこについては敢えて触れないでおく。

「でもさ、あの子、大好きなお前を追っかけてわざわざ星奏(ここ)に来たって噂もあるんだぜ」

 クラスメイトが発した根拠もない流説に、律のレンズの奥の瞳に鋭さが増す。
 彼女と弟が編入した当時、星奏学院の(主に)女生徒が二人の血縁であり知己でもある律をも加えて、根も葉もない噂話に花を咲かせていたことは記憶に新しい。
 それが数ヶ月経った今でも少なからず残っていることに、律は辟易した。

「なんかさぁ、一途で可愛いよな」

 まるで同意を求めるかのような呟きに、律は口を開くことなく、ただ視線のみを向ける。
 かなでが一途なことは、律自身も十分に理解しているつもりだ。
 しかし、その一途さとクラスメイトが認識しているものとは、まったくの別物に律には感じられた。
 胸の奥から、なんとも形容しがたい不快感がふつふつと沸き起こる。

「なぁ、もしお前にその気がないなら、俺に紹介してくれよ」

 そう言って、クラスメイトは律の肩に馴れ馴れしく右手を置いた。
 結局のところ、仲良くもない律に進んで話しかけてきた理由は、そこにあったらしい。
 誰が誰を好こうが、正直律には興味のないことだ。
 しかし、その相手が自分のよく知る幼なじみであるならば、少し対応も変わってくる。
 しかも、噂の中で生まれた彼女の虚像のみしか見ていない者が関わっているのならば、尚更のことだった。
 肩に置かれたクラスメイトの手を静かに払い、律は視線を真っ直ぐに淡々と言葉を紡いだ。

「あいつは、ヴァイオリンの腕を磨くためにこの学院に来た。その場所にたまたま俺が先にいただけのことだ」

 目の前で僅かに動揺を見せるクラスメイトだけではなく、周囲で耳をそばだてている噂好きの者たちにも聴こえるよう、意識的に声を調節する。

「これ以上、あいつの音楽への思いを侮辱するな」

 最後にそうはっきりと告げて、律は教室を後にした。





 かなでちゃんの紹介文を読んだときに、浮かんだ話です。
 2までのゲームシステムで言うところの評価は結構高くて、恋愛感情はこれからって意味での「未完成」ということで。
 響也も含め、幼なじみ設定に弱い管理人です(笑)


 2009.12.21.up